失語症の呼称訓練|試して選ぶ方法(トライアルセラピー)

呼称評価から「意味レベルの問題が中心ではないか」「音韻出力辞書へのアクセスが難しいのではないか」と仮説を立てても、訓練効果を完全に予測することはできません。
そのようなときに役立つのが、SFA訓練と音読訓練を少数の語で試し、呼称反応の変化を比較するトライアルセラピーです。
トライアルセラピーの目的は、短時間で治療効果を証明することではありません。評価から立てた仮説を、症例の実際の反応によって確かめ、次の訓練計画につなげることです。
本記事では、STワールドの勉強会で扱った内容をもとに、トライアルセラピーの組み立て方と臨床での見方を解説します。
トライアルセラピーとは
トライアルセラピーでは、複数回の評価で安定して呼称できなかった語を集め、条件をそろえた2群に分けます。
- A群:SFA訓練を実施する語
- B群:音読訓練を実施する語
- C群:訓練を行わず、汎化を確認する語(必要に応じて設定)
A群とB群で訓練方法だけを変え、訓練直後の呼称成績や反応時間、誤反応の質を比較します。C群を設定すれば、直接訓練していない語にも即時的な変化が生じたかを確認できます。
実施前に確認したい評価項目
トライアルセラピーは、言えなかった語をその場で2群に分けるだけでは不十分です。少なくとも次の点を確認します。
1.呼称反応の再現性
同じ語を複数回提示し、本当に呼称困難が持続しているかを確認します。一度だけ誤った語を訓練対象にすると、自然な反応変動を訓練効果と誤認する可能性があります。
正誤だけでなく、次の反応も記録します。
- 呼称までに要した時間
- 意味性錯語・音韻性錯語・新造語などの誤り方
- 接近行為の有無
- 自己修正の可否
- 語頭音、復唱、文字提示などの手がかり効果
2.意味理解と意味属性の生成
絵や実物の用途・カテゴリー・特徴を理解し、自分で意味属性を挙げられるかを確認します。意味属性の生成が難しい場合、SFA訓練そのものの課題負荷が高くなります。
3.音読と復唱の保存
音読訓練を行うには、提示した文字をある程度正確に読めることが前提です。呼称・音読・復唱を同じ語で比較すると、どの入力経路が利用しやすいかを把握できます。
4.語の条件
A群とB群の難易度が大きく偏らないように、次の条件をできるだけそろえます。
- 語の頻度・親密度
- モーラ数
- 意味カテゴリー
- 表記の難易度
- 訓練前の正答率と反応時間
【6STEP】トライアルセラピーの進め方
STEP 1:複数回の呼称で対象語を選ぶ
20語程度のスクリーニング課題などを用い、複数回の評価で呼称できなかった語、または著しい呼称遅延がみられた語を抽出します。
STEP 2:対象語をA群・B群に分ける
頻度、カテゴリー、モーラ数、訓練前成績が一方に偏らないように割り付けます。必要に応じて、非訓練語のC群も設定します。
STEP 3:A群にSFA訓練を行う
絵カードを提示し、グループ、用途・行為、性質、場所、関連語などを症例と一緒に整理します。自発的な生成が難しい場合は選択肢を提示しますが、自力で生成した反応と再認できた反応は区別して記録します。
STEP 4:B群に音読訓練を行う
目標語の文字と絵を対応させ、音読を繰り返します。単に文字を読んで終わらず、文字を隠した後の呼称まで確認します。
STEP 5:訓練直後に再呼称を行う
A群・B群・必要に応じてC群の絵を再提示し、正答率、反応時間、誤反応の質を訓練前と比較します。
STEP 6:維持効果を確認する
直後に正答できても、その効果が短時間で消えることがあります。次回の訓練時や一定時間後に再評価し、保持されているかを確認します。
症例でみるSFA訓練と音読訓練の反応
ここからは、講義内で紹介された症例をもとに、同じ呼称困難でも訓練への反応が異なった例を整理します。
症例1:意味性錯語と保続がみられ、SFA訓練が有効だった例
側頭葉から頭頂葉に病変があり、発症から約1年が経過した症例です。会話では意味性錯語が多く、同一カテゴリーに属する「イチゴ・リンゴ・みかん」などの呼称で混乱がみられました。
短時間の音読訓練では呼称成績の改善がみられず、わずかに低下しました。一方、3語にSFA訓練を行った後は、評価した8語すべてを正答しました。
呼称時には「ケーキの上にのったイチゴ」「こたつの中で食べるみかん」のように、訓練で活性化した具体的な文脈を使って語を引き出す様子がみられました。
この症例では、単純なカテゴリー情報を増やすのではなく、目標語に固有の場面を形成したことが、競合する関連語の抑制に役立った可能性があります。また、保続がみられたため、同じ語を繰り返す音読課題では反応の切り替えが難しかったと考えられました。
症例2:呼称遅延と頻度効果があり、音読訓練が有効だった例
側頭葉病変で、発症から約3年が経過した症例です。正答できた語の多くでも、呼称までに15〜30秒を要しました。また、高頻度語に比べて低頻度語で遅延が多く、明らかな頻度効果がみられました。
時間をかければ正しい語を呼称できることから、意味情報そのものよりも、音韻出力辞書にある語へのアクセスの弱さが中心と考えられました。
この症例では、SFA訓練による明らかな改善はみられませんでした。一方、音読訓練後には呼称成績が改善し、訓練終了後も効果が保たれました。
意味はすでに活性化していたため、意味属性をさらに増やすよりも、文字から個々の語の音を直接活性化する方が障害像に合っていたと考えられます。
症例3:音韻性錯語と接近行為があり、両方が有効だった例
頭頂葉病変で、発症から約8か月が経過した症例です。高頻度語は良好でしたが低頻度語では成績が低く、音韻性錯語、新造語、目標音へ少しずつ近づく接近行為がみられました。
評価からは、意味システムから音韻出力辞書、さらに音韻配列に至るまで、複数段階の問題が想定されました。
この症例では、音読訓練でもSFA訓練でも呼称が改善しました。中核に音韻出力辞書レベルの問題があり、意味側からの活性化と文字・音韻側からの活性化の両方が、目標語へのアクセスを助けた可能性があります。
トライアルセラピーは、必ず一方だけを選ぶためのものではありません。両方に反応する場合は、課題の目的や患者さんの取り組みやすさを踏まえ、併用や段階的な使い分けを検討できます。
効果判定で「正答数」以外に見るポイント
同じ正答数でも、臨床的な意味は異なることがあります。次の変化も確認しましょう。
- 呼称までの時間が短くなったか
- 誤反応から正答へ近づく過程が変わったか
- 手がかりの量が減ったか
- 訓練語だけでなく非訓練語にも変化があったか
- 一定時間後にも正答が維持されたか
- 患者さんが負担なく、自主練習として継続できそうか
直後効果は、訓練選択の有力な手がかりになります。しかし、1回の短時間介入だけで長期的な有効性を判断することはできません。選択した方法で一定期間介入し、維持・汎化・生活場面での変化を継続して評価します。
まとめ:仮説と実際の反応を往復して訓練を選ぶ
トライアルセラピーでは、評価で立てた仮説をもとに、SFA訓練と音読訓練を条件のそろった少数語で試します。
- 意味的な文脈によって目標語を絞り込めた症例
- 意味は保たれ、音読によって語へのアクセスが速くなった症例
- 意味側・音韻側の両方からの働きかけが有効だった症例
が示すように、診断名や「喚語困難」という症状名だけで訓練方法を決めることはできません。
呼称、意味理解、音読、復唱、誤反応の質を評価し、実際の訓練反応を確かめながら、その症例に合う方法を選ぶことが大切です。
次の記事では、通常のSFA訓練や音読訓練で効果が得にくかった重症例への工夫と、日常生活で音読を習慣化した長期経過例を紹介します。






