重症失語症の呼称訓練|残存能力を活かす

SFA訓練や音読訓練を試しても、すぐに呼称改善へつながらないことがあります。
そのとき、「この訓練は無効だった」と判断して終えるのか、それとも刺激語や提示方法を調整するのか。言語聴覚士には、反応を手がかりに訓練条件を再設計する視点が求められます。
また、訓練室では呼称できても、生活の中で必要な語を使えなければ、患者さんが実感する困りごとは十分に軽減されません。
本記事では、STワールドの勉強会で扱った2症例をもとに、重度の呼称困難に対する刺激調整と、生活場面に音読を組み込む方法を解説します。
通常のSFA訓練・音読訓練で改善しにくかった重症例
側頭葉病変で発症から約5か月、呼称困難が著明な症例です。
20語の課題では呼称できた語がごくわずかだった一方、音読は比較的保たれていました。呼称できたのは「家」「豚」のような、短く親密度の高い2モーラ語でした。
この反応は、単に「音読が保たれているから音読訓練が効く」と考えるのではなく、どのような語なら呼称経路を利用できるかを検討する手がかりになります。
通常の音読訓練では直後効果が保たれなかった
「スイカ」「トンボ」に音読訓練を行うと、直後には2語とも呼称できました。しかし、少し時間をおくと一方は再び呼称困難となりました。
文字提示によって一時的に語の音が活性化しても、その活性が十分に保持されなかった可能性があります。この場合、直後の正答だけを見て「有効」と判断すると、効果を過大評価してしまいます。
選択肢を用いたSFA訓練でも改善しなかった
「スプーン」「カメラ」には、意味属性を三択から選ぶ方法でSFA訓練を行いましたが、明らかな効果はみられませんでした。
重度の呼称困難がある症例では、選択肢から意味属性を再認できても、その情報を自発呼称へ結びつけられない場合があります。「選べた」ことと「意味情報を自力で活性化し、呼称に使えた」ことを区別して評価する必要があります。
残存能力から訓練条件を組み直す
この症例で注目されたのは、呼称できた語が2モーラ語だったことと、音読が比較的保たれていたことです。
そこで、訓練語を次の条件に変更しました。
- 漢字1文字で表せる
- 2モーラである
- 日常で使う高頻度語である
目標語の漢字を見せて音読し、同時に絵カードも提示する方法で、短時間の訓練を行いました。
その結果、対象とした8語のうち7語で呼称が可能になりました。半数程度は絵からスムーズに呼称し、すぐに語が出ないときには、指で漢字を書く空書を行ってから音読経路を利用し、呼称に至る様子がみられました。
なぜ漢字1文字・2モーラ・高頻度語が役立ったのか
この条件設定には、次の意味があったと考えられます。
音韻的な負荷を下げる
語を短い2モーラに限定することで、音韻出力辞書から取り出した音を保持し、正しく配列する負荷を軽減できます。
語彙へのアクセス負荷を下げる
高頻度語は、低頻度語に比べて日常的に活性化される機会が多く、語へのアクセスが成立しやすいと考えられます。
日本語の文字特性を利用する
漢字は語や意味との結びつきが強く、1文字で目標語全体を示せる場合があります。漢字を想起して空書し、そこから音読する流れが、絵から直接呼称できないときの代償手段として機能しました。
英語圏で報告された音読訓練を日本語話者へ適用するときは、文字体系の違いを考慮する必要があります。漢字・仮名のどちらが利用しやすいか、1文字語と複数文字語で反応がどう変わるかも評価の対象になります。
重症例の訓練を再設計する5つの視点
通常の訓練で効果がみられない場合は、方法を全面的に変える前に、次の条件を一つずつ見直します。
1.語の長さ
長い語で音の脱落や置換が増える場合は、短い語から開始します。モーラ数を段階的に増やすと、どの長さから負荷が高くなるかを確認できます。
2.頻度と親密度
高頻度・高親密度語で成功経験を作り、その後に生活上必要な低頻度語へ広げます。難しい語だけを集中的に提示すると、誤反応が重なり、課題への意欲を下げる可能性があります。
3.表記
漢字、ひらがな、カタカナで音読や呼称への促通効果が異なる場合があります。表記を固定せず、症例が最も利用しやすい文字情報を探します。
4.提示の組み合わせ
文字のみ、絵のみ、絵と文字の同時提示を比較します。文字提示後は文字を隠して絵から呼称を求め、手がかりがなくても語を取り出せるかを確認します。
5.直後効果と保持
訓練直後だけでなく、数分後、次回、一定期間後にも再評価します。直後には言えても保持されない場合は、反復回数、練習間隔、生活場面での使用頻度を調整します。
生活用品へのネームシールで音読を習慣化した慢性期症例
次に、発症から12年が経過し、看護師への復職を希望していた症例です。
会話はほぼ円滑でしたが、「ドライヤー」「アイロン」「SDカード」など、生活や仕事で必要な物品名が出てこないことに強いストレスを感じていました。
外来リハビリは週1回だったため、訓練室内の練習だけでは十分な反復量を確保できません。そこで、自宅にある物品へネームシールを貼り、目にするたびに音読する方法を取り入れました。
生活行為を練習の合図にする
この方法のポイントは、「毎日30分練習する」といった新しい予定を加えるのではなく、すでに行っている生活行為を練習のきっかけにしたことです。
- ドライヤーを使うときにシールを読む
- アイロンを準備するときにシールを読む
- SDカードを手に取ったときにシールを読む
物品を見る、文字を読む、実際に使うという一連の経験が、目標語の意味・文字・音を繰り返し結びつけます。
A群・B群を用いて訓練効果を確かめる
対象となった44語は22語ずつA群・B群に分け、練習時期をずらしました。
- 訓練前の正答率:30〜40%
- A群:練習開始後1週で60%を超え、2〜3週で87%
- B群:A群の練習中には明らかな変化がなく、B群の練習開始後に改善し、5〜6週で86%
- 2か月後:A群73%、B群66%で効果の維持を確認
B群は、練習を開始するまでは大きく変化せず、練習開始後に改善しました。この時間差は、自然回復や評価への慣れだけではなく、ネームシールを用いた反復練習が改善に関与したことを考える材料になります。
また、発症から長期間が経過していても、本人にとって必要性が高い語を選び、生活の中で十分な練習頻度を確保することで、改善と一定の維持が得られる可能性を示しています。
ネームシール法を実施するときの臨床ポイント
本人が本当に使いたい語を選ぶ
一般的な呼称検査の語ではなく、家庭生活、趣味、仕事で「言えないと困る語」を本人と一緒に選びます。目標語の個人的な重要性は、練習の継続にも影響します。
一度に増やしすぎない
対象語が多い場合は複数群に分け、一定期間ごとに入れ替えます。練習していない語を比較対象として残すと、訓練効果も評価しやすくなります。
音読だけで終わらせない
定期評価ではシールを隠し、実物や写真から呼称を求めます。シールがあるときだけ読める状態と、自発的に呼称できる状態を区別します。
代償手段も成功として評価する
自発呼称だけを唯一の目標にせず、空書や文字想起から音読へつなげられたかも確認します。生活場面では、必要な語を自分で取り出す手段を獲得すること自体に大きな価値があります。
維持を見越して練習間隔を調整する
正答率が上がった後にシールをすべて外すのではなく、練習頻度を少しずつ減らしながら保持を確認します。忘却がみられた語は、再び生活内の練習へ戻します。
まとめ:残存能力と生活上の必要性から訓練を組み立てる
通常のSFA訓練や音読訓練で効果が得られないときも、症例の反応には次の訓練計画につながる情報があります。
- 短い高頻度語なら呼称できる
- 漢字を見れば音読できる
- 空書から語の音へアクセスできる
- 生活で繰り返し目にする物品名なら練習を習慣化できる
重症例では、語の長さ、頻度、表記、提示方法を調整し、成功しやすい条件から訓練を再設計します。慢性期では、本人が必要とする語を選び、日常の行為そのものを反復練習の機会に変えることが重要です。
SFA訓練と音読訓練は、決められた手順をそのまま当てはめるものではありません。評価とトライアルセラピーで得た反応をもとに、残存能力を生かし、実際の生活で使える方法へ調整していきましょう。






